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外科医誕生!

アメデオ・モディリアーニ「ジャン・コクトーの肖像」1916年
アメデオ・モディリアーニ「ジャン・コクトーの肖像」1916年

   さしたる目的意識もなく医学部に入ってしまった僕は、トコロテン式に卒業させられても、本気で医者をやるつもりもなく、かといって今更ほかの職業にもつけず、行き悩んでいた。

   その僕を救ってくれたのが、ジャン・コクトーの名画、「オルフェ」だった。

   疾走するオートバイで映画は始まり、次は手術場の場面になる。

   手術を終えた外科医が手袋を脱ぐ。薄いゴムの手術用のグラブが、ピッと手首から裏返しにはずされる。その手袋が翻転するとき、画面は暗転し黄泉の世界へ場面は移る。

   大昔のことで記憶は定かでないが、こんなような出だしだったように思う。

   小道具としての手袋の発想もさることながら、外科医が手袋を脱ぐさまがいかにも格好よかった。これで、僕の進路は決まった。「外科医の卵」が誕生した瞬間である。

   人の運命など、些細なことで決まるものだ。いや、僕が単純に軽薄だっただけなのかもしれない。

   改めてコクトーを見直すと、やはり彼はまれに見る多彩な才能の持ち主だと思わざるを得ない。

   ピカソと比べてみよう。確かに彼の天才は縦横無尽に絵画の世界を駆け巡ったが、その多彩さはあくまで造形の世界の枠内だったといえる。

   コクトーの場合、たとえそれが絵画であっても、造形の約束事にはとらわれず、自身の詩の世界を描き出す。そしてその活動はバレー、映画、演劇と多岐にわたっても、それぞれのジャンルにこだわらずに描き出していく。

   それは多少妖しい、独自の耽美の世界である。

   以前フォンテンブローを訪れた際、足を伸ばして彼の住まいだったミア・ラ・フォーレを訪ねたことがる。小さな礼拝堂の壁は、伸びやかな彼の絵筆で、見事に飾られていたのが懐かしい。

   ま、素人の下手な美術談義は無視してくださって結構。

   確かなのは、ジャン・コクトーのおかげで僕は外科医になれたということである。

アンチエイジングブログ!
http://blog.excite.co.jp/shioya-antiaging/

この記事の監修・執筆医師

塩谷 信幸
塩谷 信幸(しおや のぶゆき)

北里大学名誉教授
アンチエイジング医師団代表
NPO法人 アンチエイジングネットワーク理事長
NPO法人 創傷治癒センター理事長
医療法人社団 AACクリニック銀座 名誉院長

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