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なぜ、今、若手医師の書く教科書なのか?

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   献本御礼。

   本書は総合内科医が救急外来、一般外来、入院病棟で遭遇しやすい臨床問題に対する診断アプローチをまとめた本である。とても内容が充実していると思う。特徴的なのは「○○な徴候リスト」が豊富なことだ。これは回診など研修医教育の時に「こういう患者を見たら、こういうのを考えろ」という教育の積み上げから生まれてきたものだろう。ブレット方式の文章は忙しい時でも疲れた時で読みやすいので、臨床の教科書としては好ましいスタイルだ。カラーの図表も美しく、特に解剖模式図がとても良く出来ていると思う。内容も充実しているが、出版社の編集も素晴らしいのだ。表紙も美しい(こういうのはとても大事だ)。

   ところで、本稿はこの本の解説が目的ではなくて、「なんで最近、若手医師が書いた優れた教科書がバンバン出てるんだろう」という素朴な疑問を検討するのが目的である。理由はいくつもあると思う。

   1.インターネットとEBMの普及

   ぼくが研修医1年目のとき、沖縄県立中部病院の遠藤和郎先生(故人)に「みんなが勉強してまとめたことはカード化して、このボックスに入れておこう」というアイデアを出されていた。

   実臨床は「流しやすい」ので日々をなんとなく過ごすのは難しくない。その中でいかに勉強を重ねて診療の質を上げていくか、あの手この手の仕掛けや工夫が要る。もちろん徴候リストはハリソンとかにそのまんま表になっているというラッキーな事もあるが、そうでないときは調べるのは大変だ。今みたいにネットは便利ではなく、UpToDateもなく、の時代である。複数の研修医がそれぞれ異なるテーマで勉強し、それをシェアすれば一人だけで勉強するよりもずっと効率が良い。遠藤先生は「いかに少ない努力で最大のアウトカムを得るか」をいつも意識されていた、当時の医師としては(いや、ゲンダイの医師においても)極めて先見的な発想の持ち主だった。

   とはいえ、こういう時代だと、いかに複数の研修医が一所懸命、情報を集めても本一冊分にまで集積するにはものすごい時間と労力を必要とする。しかし、ネット時代の現在、情報収集の効率性は極めてよくなった。問題は、インフォメーション・マネジメントができるか、否か、だ。残念ながら学生や研修医を見ているとこの能力に長けているのは若手でもごく少数派だ。それでも、各病院に一人くらいはこういう能力に長けた若手はいるものだ。日々のクリニカル・クエスチョンを(カードではなく)パソコンでまとめ、それを集積していけば、本一冊分くらいの分量にはなる。

   各疾患の疾患像は若手の書きにくいところだった。シニアのドクターが「いや、○○病はそんなもんじゃないよ」と横槍を入れるからである。しかし、EBMの時代になり、○○病になんとかの所見はどのくらい見られるか、こうした診断のエビデンスはかなり普及した。「わたしの経験によると、」という書き方は若手はしづらいが、「○○という文献によると」は誰にだってできる。治療についても、文献吟味がちゃんとできれば、MRから情報収集しなくたって(しないほうが)まっとうな教科書的記載は可能なのだ。

   2.本を作るという意識

   日本には都会にも田舎にも優れた指導医、研修医というのはゴロゴロしている。それはすべての都道府県を行脚したぼくは痛感している。もちろん、逆もまた真なり、だけど。

   こうした優れた診療医は無名だが、勉強会などを通じてたくさんの教育コンテンツを蓄積している。たいていは、パワーポイントにしてレクチャー用にまとめている。本一冊分のレクチャーをまとめた指導医や若手医師は日本にたくさんいるはずだ。

   しかし、パワーポイントの普遍性は大きくなく、対象はせいぜい数十人の研修医だけである。あるいは数百人相手の学会発表である。これをぼくは昔からずーっともったいないと思っていた。

   どうせエネルギーを使っていろいろ勉強して、データをまとめ上げるのなら、何千人、場合によっては何万人も読んでくれる書籍の形にしたほうがずっとアウトカムは大きい。「同じ努力するなら、より大きなアウトカムを」という遠藤イズムである。誤解のないように申し上げておくが、これは「努力しない」という意味ではまったくない。こういうスタイルの勉強家はたいてい人一倍努力している。

   そんなわけで、各地の優秀な若手ドクターたちが自分たちの勉強の成果をプロダクツにまとめ上げるような努力の方向性を持ちだしたのだと思う。

   3.シニアの寛容

   それを可能にしたのは、上級医の度量である。若手の努力と叡智を吸い上げ、これを世に出そうと手伝うのである。

   典型的なのは舞鶴/音羽の松村理司先生だ。松村先生は著名人で、各界に影響が大きい。そこから多くの若手が優れたテキストを発表してきた。大野博司先生、上田剛士先生、倉原優先生たちだ。現在、彼らは業界の有名人たちだが、当然書籍出版デビュー前は全国的には無名だった(大野先生は昔からセミナーで有名だったが、それはコアでマニアックな有名さだろう)。こうした極めて優れた若手医師たちの勉強の成果を世に出すためには、上司の寛容とツテが必要だ、大抵の場合(いきなり出版社に持ち込み、という手もあるが)。

   石井義洋先生の「卒後10年目、、、」も帯は寺沢秀一先生、序文は雨田立憲先生だ。寺沢先生や雨田先生のお墨付きなら、ちょっと買おうか、読もうかと思うではないか。これが「お前みたいな若さで本を書くのは10年早いわ」みたいな上役だったら、こうした良書は世に出ないのである。

   もっというならば、こうした寛容なシニアが業界で影響力を発揮できるようになった、というのが2016年の日本医学界の進歩だとぼくは思う。例えば20年前とか30年前であれば、臨床医学のみで業界著名人というのは極めてレアだったと思う。松村先生言うところの基礎医学偏重の時代だったからだ。

   今後も優れた若手医師たちが、素晴らしい医学書をたくさん発表していくだろう。ぼくらとしてはこれを歓迎し、利用し、勉強の糧にすればよい。こういう流れを邪魔するのはヤボの極みである。

   また、同じ方法論を用いてシニアだって優れた著作を発表することは十分可能であり、実例もある。プレイヤーが多数いて多様なほどその業界は栄える。音楽業界、スポーツ業界、文学界、囲碁将棋、、、、例外はまずない。若手医師のアウトプットをそういう観点から大歓迎し、シニアも負けずにアウトプットして切磋琢磨、、、が望ましいあり方だと思う。そのためには、シニアもインフォメーション・マネジメント、ネットの活用、EBMといったツールを使いこなさねばならないのは、いうまでもない。

   日本人口は減り、出版不況となり、医学雑誌も売れていないらしいが、医療者は多職種連携もあって全体的には増えている。質さえ担保できていれば、優れた医学書のマーケットは安定し続けるとぼくは思う。

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この記事の監修・執筆医師

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