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医学部卒業後にTBSに入社してはいけないのか

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   正直、かなり驚いたのだが、ぼくの周囲では多くの医者がこの件に猛反対している。国立大学医学部を出て、その教育には多額の税金が使われているので、身勝手である、というのだ。

   しかし、件の卒業生はまったく身勝手ではない。大学を出てどの職業につこうが、その人物の自由である。このようなアタリマエの原則が当たり前と了解されていないことに、医学部の特殊性がある。

   これが法学部を出て、法曹界に入らないとか、文学部を出て文筆活動をしないとかだったらまったく非難にあたらない。税金の補助が関与しているのは同じことだ。よって「税金かけられているのだから、その学問を活かした職につかねばならぬ」は間違いだ。そもそも、大学の学問が直接職業に活かすか否かは大学のミッションではない。少なくとも、ミッションの全てではない。学問とは職業的、ビジネス的な動機「だけ」で行なっていればやせ衰えるような種類のジャンルである。

   医学部は大学で医学を学ぶという学問の場と、医師養成専門学校としての職業訓練校としての側面が混在している。法学部とも文学部とも違う。それに、6年間通う医学部では税金投入額も大きい。同列に扱ってはいけない。そういう主張もあるかもしれない。

   仮にこの主張を全面的に受け入れたとしても、件の卒業生がTBSに入社することを否定する根拠にはならない。

   今からその根拠を述べる。

税金は無駄遣いされていない

   確かに、医学部の教育には多額の投資がなされている。しかし、それは例えば講義や実習といったヒューマンリソースの使用だったり、実習機材のコストだったり、救急処置のシミュレーションマシンだったり、その他もろもろの「総合的な」コストである。一人ひとりの医学生にマンツーマンで提供されるリソースはほとんどない。仮に1学年100人に教育を提供するコストが100だったとして、それが99になったとしてもやはりかかるコストはほとんど100だ。授業を100人にやろうが、99人にやろうがそのコストは同じなのだ(現実は、学生はそんなに授業出てないかも、、、)。この医学生が仮に「存在しなかった」と仮定してもかかるコストに差は生じない。仮に神戸大学医学部の卒業生がだれか「医者にならない」と宣言したとしても、「ああ、だったら1%分手抜きして授業しておけばよかった」とはならない。税金は無駄遣いされていないのだ。同じ根拠で、留年したり、国家試験に合格しなかったからといってその人物を過度に責めるのは、少なくとも税金投入云々という根拠で責めるのは、お門違いである。

   医学部を卒業して医師になったからといって、臨床医になるとは限らない。研究をするものもいれば、厚労省の官僚になるものもいるし、保健所に勤務するものもいれば、医療ビジネスに参入するものもいれば、作家になるものもいる。多くの場合は医師の資格や医学部の経験が活用されているが、それが必須とは限らない。ぼくは常々保健所長は医師だけの専権業務とせず、保育師や看護師やその他の職業の人間がなったほうが、そのような多様性を認めたほうが日本の公衆衛生のレベルは上がると主張している(ついでに言えば、病院長も医師以外でもなれたほうが、日本の病院はもっとよくなる)。

この記事の監修・執筆医師

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