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日本の新聞・テレビが医学に落とす暗い影

岩田健太郎(神戸大学感染症内科診療科長・国際診療部長)
岩田健太郎(神戸大学感染症内科診療科長・国際診療部長)

   子宮頸がんワクチン副作用を調査する池田班の厚労省発表に捏造疑惑が生じました。報じたのは医師でジャーナリストの村中璃子氏で、Wedgeという雑誌に記事が掲載されました。

   本稿執筆時点では、この記事は関係者の証言を元にまとめられており、かつその証言は匿名のままです。よって、記事の内容の真偽は不明です。しかしながら、記事が真実だとしたら日本、いや世界医学史上に残る大スキャンダルでして、そのもたらす影響は多くの国民の健康に関係するでしょう。

   私はテレビをほとんど観ないので存じませんが、池田班の発表はテレビで大々的に報じられたと聞きます。ならば、その発表そのものが捏造であった場合は、発表報道以上に大々的に問題視するのがラージ・メディアの責務であると思います。また、池田班自身も、このような報道に対して即座に反論を表明するのが筋だと思います。報道が誤りだとすれば、ですが。

   しかし、私の知る限り、テレビも新聞もこの捏造疑惑問題を無視しました。毎日新聞など一部のメディアは信州大学で調査委員会が設置されたことなどを小さく報じましたが、Wedgeの記事についても村中氏の見解についてもまったく黙したままでした。東京都知事がファーストクラスに乗ったとか、高級旅館に泊まったとかいう、私(わたし)的には極めてトリビアルな話題にはあれだけ熱狂的に追求したのに、です。

   医師で業界筋に詳しい上昌広氏によると、これはメディアの中に子宮頸がんワクチン副作用「被害者」の立場にたつ者がいて、そういう人たちが報道をさせないよう、圧力をかけているのだそうです。そのような圧力はジャーナリズムの正しいあり方とは思いません。が、そういうこともあるかもしれません。

   しかし、私は他にも理由があると思っています。簡単にいえば、村中氏に対する嫉妬です。

   私が知る限り、日本のテレビの報道関係者や新聞記者で、科学的発表や、科学論文を批判的に吟味できる人はほぼ皆無です。吟味どころか、論文そのものを読めない、読まないという人も珍しくなく、科学部の記者ですらそうです。英語が苦手というありえないくらい、プリミティブな理由で論文を読まない人すらいます。現在の科学論文は、少なくとも質の高いものは、ほとんど英語で出来ているというのに

   その証拠に、テレビや新聞で科学的な発表を紹介する際、それを批判的にメディア独自に吟味したものは私が知るかぎり、ゼロです。たいていは、研究者が記者会見を開いてメディアを招待し、自らの研究成果を宣伝します。

   記者は研究者によく分からない点を質問はしますが、「そこはおかしいんじゃないですか」とか「その解釈は誇張が入ってるんじゃないんですか」といったツッコミを入れる人はほぼ皆無です。そして、掲載された記事でも「○○大学の××教授のグループによると、なんとか病の治療に有効なかんたらが発見された」みたいな大本営発表の「コピペ」でしかありません。せいぜい、科学畑の人間の分かりにくい言葉を、メディア的に分かりやすく翻訳する程度です。

   「○○大学の××教授はこのような発表をして、なんとかと主張している。しかし、私の見解によると、、、」という言葉遣いをする新聞報道を私は一度も読んだことがありません。批判的吟味、クリティークはゼロなのです。

   だから、テレビや新聞が科学的な不祥事、例えばデータの捏造を看破したことは、やはり私が知るかぎり一度もありません。臨床データを誤魔化した降圧薬のディオバン事件も、存在しなかった細胞の存在が喧伝されたSTAP細胞問題も、ラージメディアはこぞってその発表を真に受けて、そのまま垂れ流しました。

   村中氏は医師資格を持っていることもあり、そのような批判的吟味を行い、大本営発表を盲信しない稀有なジャーナリストのようです。彼女の記事が真実であるかは知りません。しかし、批判的吟味がなされている、というのが大切なのです。彼女の記事に問題点を見出し、間違っていると考えるならば、やはり批判的に吟味し、反論するのが筋でしょう。

   記事が是であれ、非であれ、もっともよくない態度は黙殺する、ということです。そこに、私はラージ・メディアができないことをやってのけた村中氏に対する嫉妬を感じるのです。もっとも、科学領域を扱うジャーナリストならば、全員村中氏のようなクリティークを展開すべきで、本来はあれが「普通」であるべきなのですが。

   昔だったら、こういう大本営発表でも通用したのです。しかし、ブログやツイッターといったソーシャルメディアの発達で、ラージメディアにできない「ツッコミ」を誰でもできるようになりました。実際に論文を読み込んで、「ここはおかしいやろ」と批判できるようになったのです。

   私自身、ラージメディアが大本営発表した科学的知見に対し、「論文を読み込むと、そうとは言えない」という反論をブログに載せることがあります。そして、そのようななかで、ときに捏造疑惑が指摘され、さらに証明されたりするのです。

   ラージメディアには自身で科学的な発表や論文を批判することができません。だから、そのようなソーシャルメディアの批判は黙殺します。プロのジャーナリストがアマチュアのツッコミを後追いするのは沽券に関わることだからでしょう。捏造のように、黙殺しがたい大問題についても、なかなか重い腰を上げません。みなが大騒ぎするようになり、「無視するには大きすぎる」騒ぎになって初めて後追いで記事にするのです。

   そのときは、「だれもが袋叩きにして良い雰囲気」が醸造されていますから、それ見たことか、俺たちは前々からお前らをけしからんと思っていたんだぞ、とばかりにタコ殴りにします。

   医学、科学における発表で、ほとんど例外なく大本営発表なのだから、他の領域でも同じなんじゃないかと勘ぐりたくもなります。内閣の発表や、日銀の発表も、あるいは「ロイターによると」といった速報も、同じように大本営発表をコピペしているだけで、きちんと批判的に吟味していないんじゃないでしょうか。

   それは、週刊文春がよくやるような「スクープがとれる、とれない」という話ではありません。私はスクープにどれだけの価値があるかは存じませんが、あれも速報性を謳っているだけで、決して批判的な吟味、クリティークが十分になされているわけではありません。

   先の都知事の金銭問題であれば、なぜ、いつから、どのような過程で、東京都知事の金銭支出があのような構造になり、かつ他の自治体ではそうはならなかったのか、を調べるのが批判的吟味です。

   どこそこの店でどんな領収書が切られたか、みたいな重箱の隅をつついて回るのは、勤勉な作業かもしれませんが、批評性は皆無です。だから「都知事はけしからん」というありがちな結論しか導かれないのであり、そしてその結論そのものはどんなに情報や分析が重ねられても一ミリも動かないのです。結論ありきの議論に批評性が生じないのは当然で、批評とは吟味の過程で自説がどんどん変じていくものだからです。

   もともと、日本のテレビや新聞は「はじめに結論ありき」の報道姿勢を貫いており、悪い意味で首尾一貫しています。だから、自分にとって都合の良いデータは報道しますし、しばしばそれを誇張します。都合の悪いデータは黙殺するか、矮小化します。

   よって、NHKの言うことも、テレビ朝日の言うことも、フジテレビが言うことも、朝日、読売、産経といった諸新聞が言うことも簡単に予見できます。彼らが無視しそうな「不都合な真実」も簡単に分かります。ネットがそれを暴き出しますから。そして、彼らがニュースや記事や社説で言いそうなことが簡単に予見でき、それが首尾一貫しているという事実が、「じゃ、結局テレビも新聞も要らないじゃん」という結論を導き出します。

   個人的には、「ええ?NHKがそれを言うか?」とか「朝日でもこんな記事を報じるんだ」という驚きを感じたことはほとんどありません(かろうじて、ラジオニュースがこの可能性を僅かに残していると思います。ラジオはもう、ラージ・メディアではないのかもしれませんが)。だから、現在テレビや新聞が没落の最中(さなか)にあるのは、当たり前なのです。

   ワクチンの議論も同様で、「副作用被害者けしからん」という結論ありきの報道姿勢では、決して批判的な吟味は生じないことでしょう。よって、スモールメディアに頼る他ありません。

   スモールメディアにできることは、問題の火を絶やすことなく、メディアが看過できないくらいに批評、批判を重ね、真実がどこにあるのかを問い続けることです。その問題意識を広げ続け、ある雰囲気を作ることです。ラージメディアは雰囲気に弱いので、その雰囲気が醸造されれば、必ず追随します。みっともない話だとは思いますが。

   日本の予防接種環境は20年前に比べるとはるかにましになりました。しかし、国際的に考えると、日本のそれはまだまだ数周遅れの状態です。それは医療者の問題であり、行政の問題であり、メーカーの問題であり、そしてメディアの問題です。

   私はジャーナリストとは批判的吟味を行なうべき第一の人物であるべきだと常々思っています。そして、日本のラージ・メディアのジャーナリストにその精神がまったく観察できないことを、非常に残念に思っているのです。

[楽園はこちら側 2016年6月29日掲載]

楽園はこちら側
http://georgebest1969.typepad.jp/blog/

この記事の監修・執筆医師

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