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医師の匿名は許容される

岩田健太郎(神戸大学感染症内科診療科長・国際診療部長)
岩田健太郎(神戸大学感染症内科診療科長・国際診療部長)

   これまでぼくは医師が医療・医学についてコメントする場合は実名、もしくは自身がアイデンティファイされる名前(芸名やペンネームなど)を用いるべきだと主張してきました。

   匿名発言が実名発言より正しくない、という主張ではありません。万が一その発言が間違っていた時に匿名を理由に批判をすり抜け、責任もとらないのはフェアではないと考えたからです。実名コメントだって間違えることはありますが、その間違いに有責性をくっつけることは可能です。そうぼくは考えていたのでした。

   しかし、本日をもってぼくはこの過去の主張を全面的に撤回します。医師が匿名で医療・医学についてのコメントは全面的に許容されて良いと思い直しました。とくに匿名で発言されている医師の皆様には、過去の主張についてお詫び申し上げます。申し訳ございません。

   ここまでが結論です。では、撤回に至った理由について以下に説明します。長くなりますので、結論以外に関心のない方はお読みにならなくても問題ありません。

   以前勤務していた病院の幹部(欧米人)が「医師がジーンズをはいて診療するのはよくない。ドレスコードに違反する」と主張しました。実際にはその病院には明文化されたドレスコードはなかったのですが、幹部の意見ゆえこの主張は通りそうになりました。

   ぼく自身はジーンズで診療はしていませんでしたが、この主張には違和感がありました。なぜなら、ドレスコードは国や文化によって異なることをぼくは学んでいたからです。

   米国では当直はたいていスクラブを着て行いますが、英国でトレーニングを受けた医師は、「英国ではスクラブは認められず、当直時も(男性医師は)ワイシャツとネクタイ着用が義務だ」と言っていました。もっとも、その後の研究でネクタイは感染リスクを増すという理由から、英国でのネクタイ着用はなくなりましたが。

   そんなわけで、ぼくはその病院の総合診療外来通院患者にアンケートを取り、ジーンズを含めたいろいろな服装について好悪と是非を問いました。

   その結果、患者の殆どは医師がジーンズを着用することについて何ら嫌悪感を持っておらず、受け入れるとのことでした。実のところ、ほとんどの質問事項については患者は全然気にしておらず、我々がしばしば語る「医師たるもの、○○な服装をすべし」的な主張は、単なる医師の独りよがりな思い込みに過ぎないことが分かったのです。

   匿名発言については上記の理路でぼくの主張はなりたっていたのですが、そのときふと、このジーンズの話を思い出しました。演繹法は帰納法による検証が必要なわけで、机上の空論になってしまってはいけないのだと。

   そこで、ぼくは1週間の期間を限定して、ネット上で簡単なアンケートを取りました。「医師がツイッターなどSNSを利用して医学医療についてコメントするとき、それは実名で行われるべきでしょうか。それとも匿名でOKなのでしょうか」という極めてシンプルな作りのアンケートです。

   まあ、対象者のセレクションバイアスの問題とか、細かいことを言えばいろいろ瑕疵のある「ざっくり」アンケートです。身分のなりすましの可能性(医師が医師じゃないと申告するなど)もありますし、複数のIPアドレスを用いた組織票もやってやれないことはありません。

   が、短期間のシンプルなアンケートで「だいたいのところ」が分かればぼくは満足ですし、ネットにアクセスがない方にこのようなアンケートをしても意味がありません。不正行為がゼロという確証はありませんが、アンケートの性格上、その影響は微々たるものだと思います。

   では、結果です、アンケート締め切り時点では、以下の様な結果になりました。

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   次に、医師のみにしぼった回答結果です。

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   次に、医師以外の医療者の回答です。回答数は少ないですが、医師とほとんど同じプロポーションになっています。カイ二乗検定を行うとp=0.83でした。医師と医師以外の医療者が見解を同じくするというのは少し意外な気がしましたが、そういう結果でした。

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   最後に、医療者以外の回答です。こちらは、「実名にすべき」が減って、「本人が特定できるべき」が増えています。医師と比較するとp=0.02で統計的有意差があり、医師と医療者以外では回答の傾向に違いがあることが分かります。

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   しかしながら、どの対象でも「匿名でもOK」が6割を占める多数派であることには変わりありません。医師、医師以外にかかわらず、医師の匿名コメントは許容する人が多いのです。

   もちろん、多数決は真実や正義を決定するものではありません。日本の抗菌薬の使用実態を調べれば、「正しい」抗菌薬の使い方が分かるわけではないように。だから、これをもって医師の匿名であることの理論的整合性や倫理的な正しさが決定されるわけではありません。

   しかし、ぼくは医療においては「正しさ」よりも譲位の概念があると思っています。それが「合意の形成」です。価値と言い換えてもよいかもしれません。価値観と言い換えてももよいかもしれません。価値観は、正義や理論の上位にある医療の概念なのだと思います。

   どんなに「正しい」と考えられている医療でも、患者(市民)の合意が得られなければ許容される医療とはなりません。脳死や臓器移植や、人工呼吸器の中断や安楽死といった問題は全て、そういう前提のもとで議論されています。

   もちろん、少数意見も大事です。大事ですが、合意から外れた少数意見のアプライされるところは、その少数者個人に対してのみとなり、全体にアプライはできないのです。「ナースはナースキャップをかぶるべきだ」という少数者の意見は全体に反映されません。自分でプライベートなナースを雇ってかぶらせる以外にないのです(昔、そういう大富豪の診療をしたことがあります。ナースは全部自前でつきっきりでした)。

   なので、英国や米国のガイドラインがどうであろうと、あるいは理念的な議論がどのような結論を導こうと、そういうものとは関係なく、日本においては医師の匿名コメントが医療・医学を語るのを許容すべきなのです。

   「それは許容できない」という少数派はそういう発信そのものを否定し、その発言を目にしない権利を持っていますが、発言の存在そのものを否定する権利を持たないのです。ぼくのささやかなアンケートを凌駕する、新たなエビデンスでも現れないかぎりは。

   以上のようなデータとその解釈から、ぼくは変心したのでした。

[楽園はこちら側 2016年7月19日掲載]

楽園はこちら側
http://georgebest1969.typepad.jp/blog/

この記事の監修・執筆医師

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