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医師への啓もう活動からスタートしたアンチエイジング――その歴史を振り返る(1)

   形成外科医で、「エイジングスタイル」編集長の塩谷信幸・北里大学名誉教授は、日本におけるアンチエイジング(抗加齢)医療の礎を築き、発展させてきた。塩谷編集長がたどってきたアンチエイジングの歴史を振り返り、「健康長寿社会」実現への思いをつづる。

塩谷 信幸 北里大学名誉教授 アンチエイジング医師団代表
塩谷 信幸 北里大学名誉教授 アンチエイジング医師団代表

出合いは20年前

   アンチエイジング医療の始まりは、1990年に米・ボストンのラドマン医師が、男性の老人グループに成長ホルモンを投与した臨床研究からだと言われている。そこから、ホルモン補充療法、Anti-Aging Medicine(抗加齢医学)へと進んできた。

   僕がアンチエイジング医療に本格的に取り組み始めたのは、今から20年ほど前。当時、専門の学会もできたばかりで、アメリカの医学会に出席すると、自然とアンチエイジングに関する話を耳にするようになっていた。

   ご存じの通り、アメリカはサプリメント大国。多くの人がサプリメントを使って健康寿命を保ち、なるべく医療に頼らないようにと考えている。はじめて米国でアンチエイジング医学会を訪れたとき、あまりの商業主義に驚いた。サプリメントの会社のブースが、所狭しと並んでいて、企業のイベントにひも付いた形で研究発表が行われていたのだ。実際、医師の間でもこの学会の評判はイマイチだった。

   でも、一人ひとりが「未病」を意識して病気になる前に予防したり、健康長寿を保とうとしたりする「アンチエイジング」の考え方自体は、いいと思った。これからの日本にも必要になるのでは、と感じたのである。

医師の間でも「なにそれ?」状態だった

   そこで、当時、北里大学で形成外科の教授をしていた僕は、「アンチエイジング」を専門にした外来を新設しようと考えたのだ。米国の抗加齢医学のように、内科的なアプローチをメインにしてからだ全体のアンチエイジングをするほか、多くの女性が悩む、肌の状態などの「見た目」問題にも取り組むことにした。

   そして、東京の港区白金にある北里大学北里研究所病院内に、内科や形成外科、皮膚科などを統合し、各診療科が参加してアンチエイジングに取り組むセンターを開設したのである。

   もともと、形成外科の中には、美容外科も含まれている。それが、美容皮膚科、美容医療と広がって、「日本のアンチエイジング」が形づくられてきた。

   スタートしたばかりの頃は、新しい分野で、かつ美容的な要素が強いため胡散臭いと思われがちで、反発も多かった。そこで、15年ほど前に日本抗加齢医学会を設立し、真面目にアンチエイジング医療に取り組む医師たちを募り、医療従事者への理解と啓もうを進めていったのだ。時を同じくしてNPO法人アンチエイジングネットワークを立ち上げ、一般の方々への啓もうもスタートさせた。

    アンチエイジングや抗加齢のネーミングは、いまでも議論されることだが、これに変わるいい言葉が見当たらない。ひと言で言えば「健康長寿」。決して不老不死を望むわけではない。今、アンチエイジングという言葉は一般的にも広まっている。名前はどうでも、その中身の良さが整っていればいいではないか。

   僕の考えるアンチエイジング・抗加齢の基本はバランスのとれた食事と適度な運動。それが長続きするようにどうやってモチベーションを持てばよいか。また、その人の足を引っ張っているような悪い習慣があればどう直せばよいか。こうした面を医学的にサポートするのが「アンチエイジング医学」だと思っている。 [執筆/塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

医師・専門家が監修「Aging Style」

この記事の監修・執筆医師

塩谷 信幸
塩谷 信幸(しおや のぶゆき)

北里大学名誉教授
アンチエイジング医師団代表
NPO法人 アンチエイジングネットワーク理事長
NPO法人 創傷治癒センター理事長
医療法人社団 ウィメンズヘルスクリニック東京 名誉院長

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