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母親の愛情とトランスポゾン(3月23日号 Science掲載論文)

   単一細胞レベルのゲノム解析が行われ、脳の発達期に、ここの神経細胞のゲノムに様々な突然変異が入り、多様な細胞のモザイクになってしまうことがわかってきた。そもそも、神経が興奮すると、DNAが切断されることすらあることはすでに2015年6月に紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3560)。

   また、神経興奮はエピジェネティックな変化を引き起こし、さらにエピジェネティックな変化によりDNAにストレスがかかることも知られており、これに分裂が加わると、ゲノムがダイナミックに変化するのは不思議ではなくなる。ほとんどの細胞では生まれた後DNAが大きな変化を遂げることはほとんどなく、起こるとしたらガンのような異常状態だけだが、こと神経細胞となると別と考えられる。

   この問題を長く研究してきたのがソーク研究所のGageの研究室だが、母親が子供のケアに時間を割くほど、脳細胞のゲノムが安定するという驚くべき結果をを3月23日号のScienceに発表した。タイトルは「Early life experience drives structural variation of neural genomes in mide (生後初期の発達期の経験はマウスの神経ゲノムの構造的変化を引き起こす)」だ。

   この研究ではゲノム上に存在するL1トランスポゾンの数の変化をゲノムの不安定さの指標として用い、新生児期の母親のケアの程度によりその数がどう変化するかを算定している。方法としては、新生児期遺伝子の数を正確に測ることができるデジタルPCRという方法を用い、L1トランスポゾンの遺伝子数を、領域ごとにカウントしている。

   よくこんな実験を着想したと思えるが、驚く結果で、生後2週間、親が新生児と寄り添っている時間をもとに新生児が受けたケアの程度を算定し、その条件で育てられた子供の脳細胞のL1トランスポゾン数を数えると、手厚いケアを受けたほど、ほぼすべての領域でL1の数が少ない。言い換えると、母親のケアの程度が低い子供ほど、ゲノムが不安定になっていることになる。

   この実験では、自然の状態で個々の母親が示す、ケアにかける時間の個体差を用いて、ケアと遺伝子不安定性の関係を調べているが、次に親を一定時間子供から隔離するという人為的手段を用いて、ケアにかける時間を低下させる実験を行い、ケアにかける時間が減るほど、子供の脳細胞のゲノムの不安定性が上昇することを確認している。

   最後に、ケアが少ないとゲノムが不安定化する原因を、神経細胞の分裂の違いか、L1トランスポゾンのDNAメチル化を介するエピジェネティックな変化によるのか、2つの可能性について調べている。結果だが、細胞分裂はケアを受ける時間が減っても変わりはなかった。一方海馬の神経細胞でL1遺伝子のDNAメチル化について調べると、ケアが少ないマウスではメチル化の程度が低下していることが明らかになった。これに対応して、新たにDNAをメチル化するときに働くDNMT3aの発現がケアを受ける時間が少ないマウスでは低下していることも明らかにしている。

   以上の結果は、発達期にトランスポゾンは新たにメチル化され不活化されるが、母親のケアが低下するとDNMT3aの発現が下がり、メチル化が低下して、ゲノムの不安定性が発生することを示している。マウスの話だが、子供のネグレクトがいかに重大な変化を脳に及ぼすのかを具体的に教えてくれる重要な論文だと思う。

[NPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン(AASJ) 論文ウォッチ 2018年3月27日より転載]

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