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【ブラックペアン解体新書⑥】ドラマ医療監修から考える 医療従事者とメディアとの関係とは?

医療ドラマの基礎を作った『白い巨塔』

日本での医療ドラマの映像化の始まりは、戦前の映画『小島の春』(大映 1940年)と言われている。ハンセン病療養所に勤めた女医、小川正子の手記を映画化したもので、テーマ性含めて医療関係者からも高い評価を得た名品と言われている。
その後、60年代は医療ドラマの人気を決定づける作品が相次いだ。こちらも医師らから、医療描写が的確であると評価が高かった黒澤明の映画『赤ひげ』(東宝 1965年)。そして、翌年には、医療ドラマの金字塔として君臨する『白い巨塔』(映画版;大映 1966年)が登場する。現在とは医療や放送倫理も違うが、映画版の『白い巨塔』のオープニングでは実際の開腹手術の映像を使用している。自ら大学病院に入院中に細かくリサーチを重ねたという山崎豊子のこだわりもあってか、1978年に放映されたドラマ版でも手術映像は、患者と病院へ許諾を取り、実際の映像が使われていたという。当時は、医療監修をスタッフクレジットに加えるという配慮はなかったが、実際の専門家が入って、アドバイスを加えていたことは間違いないだろう。
また、医学生のリアルな日常を描いた大森一樹監督の『ヒポクラテスたち』(ATG 1980年)では、京都府立医科大をはじめ、数多くの医療機関が撮影協力に参加していた。

テレビドラマの場合は、局によってスタッフクレジットの入れ方は異なるが、1992年放映の『往診ドクター事件カルテ』(テレビ朝日)では、"医事指導"、"看護指導"というクレジットが入った。その後も"取材協力"などの形で医療機関、医師などの名前が入るようになり、"医療監修"という言葉が使われるようになったのは『ナースのお仕事2』(フジテレビ 1997年)あたりのようだ。

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