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隣の芝生は(もっと)青い?

先週の日曜日、自身が数ヶ月前に受けた美容外科手術についてブログで報告した女性タレントは、そのメッセージをこの言葉で結んだ。

「1mmでも可愛くなりたい。その精神を持ってまた一歩、進みます。」

その手術の様子を密着取材したテレビ番組が同じ日に放映されたことで、この話題は世間を大いに賑わせた。その日は3月3日、ひな祭りの日。女の子のすこやかな成長を祈る桃の節句だ。この日が放映日になったのは偶然だろうか。

僕がこのニュースを知ったのは2日ほど経ってからだったが、僕のもとにも大手メディアの記者が取材に駆けつけたことでこのニュースに対する一般の関心の高さを認識した。

隣の芝生は青い
隣の芝生は青い

今回の女性タレントの場合、笑うと歯茎が露出することなど口元の造作に関して長年コンプレックスがあり、顎顔面矯正手術と呼ばれる外科手術を受けるに至ったようだ。また、やはりタレントで本人よりも人気のある実妹の顔立ちと比較され、ネット上では数年前から相当心ない中傷を浴びていたとの報道もある。「隣の芝生は青い」ということわざがあるが、今回の場合、ネット時代ならではの規模と作用で本人が隣の芝生の青さを必要以上に意識することになったのかもしれない。

ところで、この「隣の芝生は青い」ということわざは、英語の "The grass is (always) greener on the other side of the fence." に由来するのだろうか。あるいは偶然、日本と欧米で似たようなことわざが生まれたのかもしれないが、英語の方では「より(もっと)青い」という意味で"greener"という比較級が使われる。細かい話だが「柵のこちら側の芝生も青ではあるが、向こう側はもっと青々としている」というニュアンスだ。他方、日本語の方の「より(もっと)」が付かない状態だと自分の側の芝生の色は少なくとも青または青々しい緑ではないというニュアンス。

ことわざの解釈をここで掘り下げるつもりはないが、僕は20代の頃から再建のための形成外科手術とその延長線上にある美容外科手術の両方を専門とし、それに関連して、この一見些細な「芝生の色」のニュアンスの違いが気になることが度々あった。

たとえば顔面の手術を例に、医学的には特に異状のない状態の顔を「普通に青い芝生」だとしよう。そして、事故などで怪我を負った状態は「青くない芝生」だとする。それを少しでも元の状態に戻すという再建目的の形成外科手術の場合、怪我を負う前の本人の顔写真などを参考に、目標とする「元の状態」、つまり「普通に青かった当時の芝生」に関して医師と患者の間で一定の共通認識を持つことができる。

もちろん、怪我の程度によっては、手術の結果、元の状態にどこまで近付いたのかという点に関して、医師と患者の間でギャップが生じることもあり、時には元の状態よりさらに良くすることもある。いずれにせよ元々ゼロだった状態が怪我などによりマイナスになった場合はゼロにまで戻すこと、つまり「普通に青かった芝生」に戻すことが両者の基本的な共通目標や理想になるため、その段階で大きなギャップは生じにくい。

隣の芝生はいろいろ
隣の芝生はいろいろ

ところが美容目的の手術の場合、基本的に開始点はゼロ、「普通に青い芝生」の状態だ。その上で、より青々とした芝生のようにプラスアルファの状態を目指す場合、医師と患者の間で目標とする「より(もっと)青い芝生」に関する共通認識を持つことが格段に難しくなる。ここでは医師としてのコミュニケーション能力や倫理観が大いに問われる。患者本人にとって柵の向こう側にもっと青い芝生が広がっている場合はなおのこと。手術後の結果に関しても同様だ。また月日が経つと、さらに青々とした芝生が柵の向こう側に広がっていることもある。

オランダが生んだ印象派の巨匠ゴッホの言葉にこのようなものがある。

美しい景色を探すな。
景色の中に美を見つけよ。

美しい景色を探すことにも意義はあるが、どんな景色の中にも美はあるものだと思う。美しい景色を探しても見つからない場合、今ある景色の中で美を見つけようする心持ちは大切だ。その視点から患者に適切なアドバイスをすることも美容外科医の重要な役割だと考えている。

[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

医師・専門家が監修「Aging Style」

この記事の監修・執筆医師

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