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他人に必要とされること - We all need each other!

今週はなんとも痛ましい無差別殺傷事件が日本とアメリカで相次いだ。川崎市の事件では2人の犠牲者と20人近い負傷者。そのほとんどが小学生。亡くなった保護者の男性もまだ30代だった。バージニア州の銃乱射事件では12人が犠牲となった。どちらも許し難い凶行だ。犠牲者を深く悼むとともにその家族や他の被害者には慰めと救いがもたらされることを祈りたい。

川崎市の事件では犯人の「ひきこもり傾向」を巡る一連の報道が、ひきこもる人を「犯罪者予備軍」視するような偏見・差別を助長するとして一部のメディアや識者に対する批判や論議が巻き起こっている。無差別殺傷事件が起きると、犯人の社会的な疎外感や孤独感がいつしか絶望感や社会に対する敵意に変わったという話がよく出る。そのような経緯で犯行に及んだ加害者が多い可能性はあるとしても「逆は必ずしも真ならず」だ。

We all need each other!
We all need each other!

ところで、この「疎外感」や「孤独感」という言葉は高齢者に関してもよく使われる。僕自身は幸い、65歳で大学病院を定年退職したのち22年を経た今でも病院やNPO、学会などの仕事をフルタイムで続けることができている。だが名誉職としての仕事が増えるにつれ、気楽さや自由だけでなく僅かながらも疎外感や孤独感を感じる機会が増えた。たとえるなら、自分の車の運転席ではなく助手席や後部座席に座り窓外を流れる景色を眺めるような感覚だろうか。

ただ、自分が主導者として最前線で活躍する時代が終わったのちも、各方面で活躍するかつての若手医師たちや企業経営者たちが多少なりとも僕を必要とし続けてくれていなかったら、あるいは僕の講演やセミナーに多くの方々が足を運んでくれていなかったら、遥かに大きな疎外感や孤独感を感じていたことだろう。ちょうど1年前にもこのコラムで書いたが、僕にとって生きがいとは「他人に必要とされている」と感じること。たとえ錯覚でもいい。

もちろん、世の中には他人に必要とされることで心が満たされる人ばかりではない。それがかえって煩わしく不愉快に感じる人もいるだろう。虚栄心や競争心が満たされること、あるいは不安・強迫観念やコンプレックスが取り除かれることなど、心が満たされるための条件は十人十色。同じ人でも年齢やそのとき置かれている状況によってそれらが入れ替わることもある。

だが子供の場合はどうだろうか。たとえば親や周囲の人から適度な役割を与えられ「必要とされている」と感じた子がそれを達成した時の満たされた表情や得意げな様子などを目にすると、他人のささやかな期待や依頼に応えることの繰り返しが健全な成長や幸福な人生、さらには健康長寿に繋がると思わずにはいられない。それが当たり前の社会になり今回のような事件が少しでも減ることも祈りたい。

[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

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