文字サイズ
標準
大きく

誰がために鐘は鳴る 医師のため、患者のため、社会のため...

「将来の道筋」が見えること

そんな奴隷生活になぜ耐えられたのか。

僕はそんな問いには一言、アメリカにはインターンやレジデントが「安い労働力」という位置付けに陥らないような社会的なシステムがあったから、と答える。

日本の「大学医学部教授」のイメージを持っていると理解するのが難しいかもしれないが、アメリカの場合、医学部の教授や助教授というのは基本的に単なる肩書・役職名で、日本の大学のように組織人事面での上下関係や指揮命令系統を自動的に伴うものではない。そもそも日本では一般的な「大学が経営する付属病院」はアメリカにはほとんど存在せず、独立した医療機関である病院が大学との提携関係により大学から独立して医療サービスを提供する。患者は入院料を病院に支払い、手術料は医師に直接支払う。アメリカでは大学病院の勤務医であってもそれぞれが独立して医業を営む医師として社会的な地位や収入が格段に上がっていくようなキャリアパスがあった。そのような先の道筋が明確に見えているからこそインターンやレジデントたちも奴隷生活にも耐えることができた。

もちろんそれだけではない。アメリカの場合、インターンやレジデントの人数や研修カリキュラムは公的な外部機関により厳しく制限・管理される。研修カリキュラムの質や研修医という人材の質の向上を考えれば当然のことだが、日本で独自加工されたインターン制度ではインターンは大学側にとっては良くて「安い労働力」、下手すれば単なる邪魔者だった。1960年代後半、そのインターン制度の廃止を訴えた通称「青医連」という青年医師連合の活動がやがては東大安田講堂事件に象徴される学園紛争に繋がったが、元はと言えば、まともな卒後研修を受けたいという研修医たちの極めて真っ当な希望から始まったものだった。

この記事の監修・執筆医師

注目情報

有益で確かな情報をお届けするという編集方針です。

「バリウム検査」は何のため?

2019年4月現在、50名の医師や専門家が「Aging Style」に参加しています!

おすすめ記事