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「お医者様はいらっしゃいませんか?!」

医師の応召義務と「善きサマリア人の法」

日本の医師法には、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」という条文がある。いわゆる「医師の応召義務」だ。この義務はもちろん旅客機内や他の交通機関での緊急事態に限られるものではない。このような義務が国の法律として定められているのは世界的にも珍しいといわれる。最近活発になっている「医師の働き方改革」の議論でもこの応召義務が重要な論点の一つだ。

日本が徐々に訴訟社会へ移行するのに伴い、応召義務は医師にとって、最低限の治療設備や体制のない状況下に「善意で行った応急処置ののちに不慮の事態が発生した場合、その責任を負うことになるかもしれない」ということが昔よりも格段に重い荷となった。僕の以前の経験ではドクターコールに応じる日本人医師が多かった理由として、もしかすると昔の方が応召義務の精神を叩き込む医学教育が行われていたのかもしれないが、それよりも当時の日本は医師が今のように訴訟リスクを心配する社会ではなかったことが大きいだろう。

筋金入りの訴訟社会であるアメリカに比べると今の日本はそれでも医師の訴訟リスクがかなり低いとも思うが、いずれにしても医師の応召義務や日米の訴訟リスクの話で触れないわけにいかないのが「善きサマリア人(びと)の法」だ。

「善きサマリア人の法」とは、キリスト教の聖書に登場する寓話にもとづく概念。誤った対応をしてしまった場合の処罰の恐れをなくすことにより、その場に居合わせた人の善意による救護や治療を促進するために広まった。アメリカの場合、制定時期や内容が州によってかなり異なるようだが、現在ではすべての州でこの概念に基づく法律が定められているはずだ。あくまでも治療内容に重大な過失が無いことや、治療の対価を得ないことが前提となるが、ドクターコールに応えることに伴う医師のリスクや心理的なハードルを下げる免責制度だ。僕がニューヨーク州の外科医だった1950~60年代当時、この法案が州議会に上程され否決されたことがあった。医師側としては、それなら路上で怪我人や急病人を見かけたとしても「見殺しもやむなし」という話になったのを覚えている。当時はアメリカでもこの法律のある州は少なかったが、その後1990年頃までには全米に広まったと記憶している。

ただ、僕の記憶するアメリカ人医師たちはその後もやはりドクターコールに対しては非常に消極的だった。

この記事の監修・執筆医師

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